鏡を見るのがつらかった私が自己再生にたどり着くまで
思春期の体型変化や太田母斑による外見コンプレックス。
鏡を見るのも苦しかった私が、
メイク・カラー・体型に合う服選びを通じて
「自分と仲直り」し、自己再生にたどり着いた体験を綴ります。
鏡も写真も大嫌いだった日々
思春期のころ、体重の増加と共に
「おしゃれしてもダサい」「何を着ても似合わない」と感じ、
鏡の前でため息をつく毎日。
外見への自信のなさは、
やがて「人の視線が怖い」という不安に変わり、
私は目立たず無難に過ごすクセを身につけました。
「自分は綺麗じゃない」
「自信を持ってはいけない」
誰に言われたわけでもないのに、
そんなセルフイメージを無意識に刷り込んでいたのです。

青茶色のアザが教えてくれたこと
20代に入って現れた「遅発性太田母斑」という皮膚疾患。
左頬に浮かび上がるアザを知ったとき、
私が最初に感じたのは「母が自分を責めなくてよかった」という思いでした。
なぜなら、もしそれが“生まれつき”のアザだったなら──
母はきっと「アザのある子を産んでしまった」と、
自分を責め、後悔してしまっただろう。
でも“後から出てきた”のなら、その苦しみはないはず。
だから私は、自分の痛みよりも先に母の気持ちを想像し、
安心してしまったのです。
…その瞬間に気づきました。
私はどれだけ「他人の心を生きて」きたんだろう、と。

見た目を整えることは、自己再生の第一歩
外見へのコンプレックスに押し潰されそうだった私にとって、
見た目を整えることは「自分と仲直りする」ための最初のステップでした。
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カバーメイクで隠すのではなく「今の私を支える力」にする
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色彩の力を知り「好き」を取り戻す
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体型に寄り添う服を選び「わたしらしさ」を纏う
そうして少しずつ、鏡を見ることが「敵」との対峙ではなく、
「パートナー」との対話に変わっていったのです。
「よくやってきたね」──
鏡の中の自分にそう声をかけられるようになるまでには
時間がかかったけれど、それでも私は変わることができました。
過去の自分に光を当てる
この第一話を書くにあたり、
太っていた頃やアザがあった頃の写真を掲載することにしました。
かつてなら恐ろしくてできなかった選択。
けれど今なら分かる。
その姿も「大切なわたし」であり、
「愛している」と伝えるべき存在だと。
これは単なる変化の記録ではなく、
世界に向けた “赦しと愛の祈り”
過去の私に光を当てることで、
同じように「隠さなきゃ」と苦しむ誰かが
「私も…」と希望を感じられるように願っています。
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まとめ:自分を諦めなければ、人生は開花する
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太っていても
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アザがあっても
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鏡を見るのがつらくても
自分を諦めなければ、いつからでも、何歳からでも人生は再生できる。
これが私の体験から得た確信です。
👉 次回:第2話
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