理性の中に閉じ込めた愛を、もう一度呼吸する。

Re:mystyle|60歳から“変わる”じゃなく、“還る”人生へ。理性をほどき、愛で生きる。

【母の不安を背負い込んだ私が“境界線”を学んで自分を取り戻すまで】

家族に振り回され続けた日々から学んだこと

母の不安を無意識に背負い込み、自分を見失っていた私。

境界線を知らなかったことで心も外見も疲れ果てていました。

そこから“自分を守る力”を育て、自己肯定感を取り戻すまでの体験を綴ります。


母の不安を背負い込んだあの頃


父の起こした出来事をきっかけに、わたしの家は静かに崩れていきました。


母の中に湧き上がった怒りと不安は、容赦なく娘である私に流れ込んできたのです。

「どうしよう、どうしたらいい?」
母が繰り返すその言葉に応えたくて、わたしは“参謀”のように振る舞いました。

 

でも、気づけば家族のトラブルやお金のことまで背負い込み、
母の感情がわたしの心の奥にまで入り込んでいたのです。



沈黙を貫いた父の姿


一方で父は布団をかぶり、沈黙を貫いていました。

当時はその姿が悲しく、腹立たしくもありました。

けれど今思えば、あの沈黙こそ
「誰かを巻き込まないための境界線」だったのかもしれません。
当時理解できなかったけれど、今なら少しわかります。


 

境界線を失った代償

境界線を知らなかった私は、次第に心身をすり減らしていきました。

妹と一緒の買い物先で「お母さん、どうですか?」と母と間違われたとき、
胸がズキンと痛んだのを覚えています。
当時35歳の私には耐え難い経験でした。

 

 

どれだけ外見を整えても、心の疲れは隠せない。
人は“まとう空気”で見られるのだと、痛みを伴って学びました。



「あなたのせいじゃない」

あの頃の自分に、今ならこう伝えたい。

「あなたのせいじゃないよ。
その疲れは、境界線のない世界で必死に生きてきた証だったんだよ」


Re:mystyleへの伏線

“愛”と“責任”を履き違え、
「自分の気持ち」と「誰かの感情」の境界がわからなかったあの時期。

その体験こそが、のちに Re:mystyle へとつながる伏線でした。
すべてを背負い込む生き方から、
“自分とつながる”生き方へ──。

まとめ

境界線を学ぶことは、自分を守りながら人と関わる第一歩。
外見では隠せない“心の疲労”を経験したからこそ、
私は「自分を取り戻す」旅を続けてこられました。


👉 次回:第3話

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