理性の中に閉じ込めた愛を、もう一度呼吸する。

Re:mystyle|60歳から“変わる”じゃなく、“還る”人生へ。理性をほどき、愛で生きる。

【強さの仮面を脱ぐまで】孤独と鎧を超えて私が見つけた“心の避難所”

強さの仮面をかぶり、鎧をまとって生きていた時代がありました。家庭や仕事で心が休まらず、“弱音を吐けば立ち直れない”と感じ、孤独を隠すために笑顔を貼りつけていた私。けれど、その仮面の強さはやがて自分を追い詰めていきました。

 

強い人を演じなければ生きられなかった

家庭が揺れ、働く環境も厳しく、
心が休まる場所がなかったあの頃。

私は「弱音を吐いたら、もう立ち直れない」
と本気で思っていた。

だからこそ、心を閉ざし、感じないようにした。

 

キチッとしたスーツ、直線的なデザイン。
「私は大丈夫」って自分に言い聞かせるように、

少し強気な目をしていた。

 

“大丈夫な人”を演じ続けていたあの頃

 

 

本当の自分を忘れ、

“強い人”を演じ続けることだけが、
なんとか生きていられる唯一の術だった。

 

けれど、その「強さ」は仮面だった。
笑顔の下では泣きたい気持ちを抱え、
孤独と空しさに押し潰されそうになっていた。


弱さを隠すために“孤高のキャラ”をまとい、

誰にも本音を見せられなかった。

 

一見すると、職場でも家庭でも“しっかり者”。
周りからは「頼りになる人」と思われていた。
でも実際には、誰も本当の私を知らなかった。

「私は何があっても大丈夫な人でいる」
その思い込みが、

私をどんどん追い込み、鎧を厚くしていった。

 

借りものの人生から心の避難所へ

最初の会社に勤めていた頃、

私は「腰掛けOL」だった。


仕事はきちんとこなしていたけれど、

心のどこかで「これは私の人生じゃない」と感じていた。

 

思い切って会社を辞め、アメリカを旅し、

留学に飛び出したとき、ようやく

「わたしの人生を生きる」という感覚が芽生え始めた。


だけど、家庭の問題に引き戻され、

再び“借りものの人生”の中に入り込んでしまった。

 

その後に出会った新しい会社で、私はいつしか笑わなくなった。


人との距離を保ち、感情を見せない「鎧をまとった女戦士」。
洋服のセンスを褒められても、それは“偽りの満足感”にすぎなかった。

 

そんな私にとっての救いは、写真だった。
朝焼けや夕焼けを撮っているときだけ、心が自由になった。
NYのブルーモーメント。濃紺・青・オレンジのグラデーション
涙がこぼれそうになる瞬間。それが、私の“心の避難所”だった。

NYのブルーモーメント──心が自由になれた一瞬

 

外見を整えることへの目覚め

あるとき耳にした言葉が、私の人生を変えた。

――たとえ顔に傷や皮膚疾患があっても、メイクの力で生活の質は上がる。
“自己受容が育まれる”ことで、人は自信を取り戻せる。

 

その瞬間、「外見を整えることは、人を支える手段になり得る」と知った。
私はNYに通うよりも「外見を整える技術を学びたい」と強く思うようになった。

 

カバーメイク、色彩、服飾とは……。
ただ“似合う”を知るだけじゃなく、なぜ似合うのかを深く知りたくて。
あの頃の自分のように「見た目で苦しむ人」に寄り添いたくて。

 

技術は身についた。資格も取った。
だけど、どうしても消えなかったものがあった。
――心の窮屈さだ。

 

自分を忘れたままでは未来は描けない

どれだけ外見を整えても、私はまだ浅い呼吸のまま。
何かに怒り、何かから逃げ、何かを責めていた。

 

結局、肝心の「わたし自身」が置き去りになっていたのだ。
あれほど外見に時間もお金も注いだのに、心はいつも満たされなかった。

 

でも、そのとき静かに聞こえてきた声がある。
「自分を整えるって、心のことかもしれない」

この気づきが、やがて私を“精神世界”へと導いていった。

 

 

まとめ

仮面の強さで生き抜いた時代があった。
外に心の避難所を見つけ、外見を整える学びに救われた時代もあった。
でもどこかで、ずっと「本当のわたし」を忘れていた。

 

第三話はここまで。
次回は、自己啓発に夢中になり、気づけば“自己強化”の鎧を着てしまった頃の私について。

👉 第四話

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