子どもの頃から「最悪の未来」ばかりを想像していた私──その根底には、戦中に疎開を経験した母の思考パターンを無意識に受け継いでいた背景がありました。防御としての“最悪想定”を手放し、いま私は「確認する」という安心を選べるようになりました。
防御のために「最悪」を想像していた子ども時代
私は、楽しい未来を思い描くよりも「もし最悪のことが起きたら…」を考える癖がありました。突然の不幸に備えることが、幼い私にとっての防御であり、知恵でした。
振り返れば、その思考は母の影響だったのかもしれません。母は幼少期、戦時中にひとり疎開を経験しました。「心配だから目の届くところに置いておく」──母の愛情表現を、私は“生き方の型”として完コピしていたのです。
大人になっても消えなかった癖
大人になっても、その癖は抜けませんでした。返事が少し遅れただけで「嫌われたのかも」と心を閉じ、静かにフェードアウトしてしまう。実際は相手が忙しいだけかもしれないのに、私は自分から関係の安心を手放していました。
勇気を出して“確認する”という選択
ある時、小さな勇気を出してみました。
「最近よそよそしい?」「今、タイミング悪かった?」
──相手に“確認する”言葉を投げかけたのです。
返ってきたのは、想像していた拒絶ではなく、「そんなつもりじゃなかったよ」「返事忘れてただけ!」という、拍子抜けするほど穏やかな答えでした。
本当に怖かったのは「傷つくこと」ではなかった
その瞬間、私は気づきました。本当に怖かったのは「傷つくこと」ではなく、
“信じた自分がバカだった”と思いたくない自分自身だったのだと。
これからは「最高だったらどうなる?」を選ぶ
最悪を想定して守ってくれた私、ありがとう。あの時はそれしかなかった。でも、もう大丈夫。私は大人になった。
これからは「最悪」ではなく、「最高だったらどうなる?」を考えてみたい。確認する勇気を持ち、相手を信じ、自分を信じる。安心できる人間関係は築けると、今はそう信じています。
あなたへ
もし今、「もう若くないから」「今さら変われない」と思っているなら──どうか覚えていてください。変わるのに遅すぎることはありません。どんな過去も、あなたの宝物になり、誰かの希望になります。
私もまだ道の途中。だから一緒に、一歩ずつ。心の声を聞きながら、未来へ歩いていきませんか。
まとめ
私が長いあいだ繰り返してきた「最悪を想定する癖」は、ただのネガティブ思考ではなく、幼少期に母から受け継いだ“生き延びるための思考法”でした。戦中の疎開という背景から刻まれた「備える」愛情表現を、無自覚に自分の生き方へコピーしていたのです。だから大人になっても苦しかったのは、ある意味で当然でした。
けれど今は、「確認する」という小さな行動が心に安心をもたらすことを知りました。最悪を想像して閉じこもるのではなく、相手の言葉を聞き、自分の声を届ける。その一歩は、自分を信じる力につながっていきます。
今回の学び
- 「最悪の想定」は、子どもの自分を守るための防御術だった。
- 親から無意識に受け継いだ思考は、今の自分に合わせて“書き換え”できる。
- 相手に確認することは、相手を信じるだけでなく、自分を信じる練習でもある。
安心できる人間関係は、自分から築いていけるもの。人生は「最悪」ではなく「最高」を想像するとき、静かに動き出します。